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【序章】原発被災地の出身者として旅に出るということ

by miku tsuchiya

《この記事は原発事故を主に、地震、津波等の震災関連の描写を含みます》


これから連載で書く内容は少し胸糞悪い内容です。
そして重要な事実です。
今の日本ではかなりデリケートな部分でタブーとさえ言われていることを
今回の島旅で起こった出来事を交えて書き残していきます。

このタブーの派生地は私の生まれ故郷である福島県いわき市です。
今となっては知らない人はいないであろう福島第一原発から50㎞程、車で1時間弱離れた中核市です。

原発事故当時、私自身は東京に住んでいました。
震災当時は続く強い揺れと津波のことしか考えておらず、最初の数日は原発のことなんて気にも止めてなかったというのが事実でしょう。
大きな揺れや津波から必死に身を守り、ふと現実に佇み息をついた時、
ようやく、そう言えば原発ヤバイんじゃないの?と思い始めたのです。
当時は殆どの人がそうでした。
だって原発って安全に私たちの生活を豊かにしてくれる物でしょ?

【平成23年4月11日の福島県 いわき市 久之浜地区】 この地区は津波と大火事の被害を受けた。 父の知人の家の様子を見に行った際に恐る恐るシャッターを切った。この時、ここから数キロ行った先は原発事故の影響で道路が塞がれ立ち入り禁止になっていた。
【平成23年4月11日の福島県 いわき市 久之浜地区】 この地区は津波と大火事の被害を受けた。 父の知人の家の様子を見に行った際に恐る恐るシャッターを切った。この時、ここから数キロ行った先は原発事故の影響で道路が塞がれ立ち入り禁止になっていた。

そう、日常的に原発の存在に対して反抗心なんてのはなかったのです。
反抗心どころか、70年代に起きたオイルショックの危機から私たちを救った原子力発電というイメージはまだ何処かに濃く残り(年代によりますが)、肯定的なイメージを作り上げている一つの要因なのではないでしょうか?
しかし実際は、オイルショック後に原発の需要が高まったという事だけで、原発建設の計画と実行はオイルショックよりもずっとずっと前になされていました。

それにしても何で原子力発電なんていうリスクの高いエネルギー生産がスタンダードになったのでしょう。
人間が自然にはかなわないと事あるごとに口にしてきたというのに、そこからその強大な力を放つ自然のエネルギーを自然の恵みを頂こうという発想がスタンダードにならなかった事実は、人間失格の称号を与えてもいい事例でしょう。
私たちの頭は何の為にあるのでしょうか?

この自然のエネルギーを有効活用するという遥か昔からの人間の知恵は現代の日本社会では残念ながら超スタンダードになりませんでした。
何でなんだろう?
一つ考えついた素人の意見ですが、ズバリ昔ほど自然が身近ではなくなったからなのではないでしょうか。

もちろん現実のコストの面や生産量のことが根本にあるのは承知しています。
ただ、私はここら辺の話の専門家でもなければ知識人でもないので、その話は出来ません。
でもその問題から派生している人と原発の心理的な関わりのことならクソほど話せます。
だってその現場に身を置いているし、その身で一度旅に出ればいろんな関わりの中からいろんな意見が聞けて、いろんな現象を経験するのです。

昔ほど自然が身近ではなくなったと言いましたが、
私の知っている限りでは、今も自然と密接に関係を築いている人ほど原発に対して批判的な意見を持っている気がします。
私は島旅が好きで日本の離島を巡っています。
想像がつくでしょうが、本島から遠く離れた島に住んでいる人たちは自然を知っています。
素晴らしいところは勿論、人間にとっては煩わしく思う嫌うべく一面も深く知っています。
言うなれば長年連れ添った夫婦みたいな関係性です。とても身近な存在なのです。
自然と人間、いろいろあるけど、自然が大好きで自然を守りたいという意識が当たり前にあるのです。
自然が身近にある島の人は殆どが原発反対派です。
福島県いわき市出身の私が旅に出ると自然とこの話になります。

この話になった時、稀ですが衝撃的な意見をぶつけてくる人がいます。
本当に稀なケースですが。
今回の沖縄 離島旅でその稀な事が起きたので最終的にはそのことに繋げて書きます。

結果を先に言いますと、
福島に住んで福島の水を飲んでるお前さんの体は放射能とセシウムととにかく有害物質だらけで、お前さんの住んでる福島は遠く離れたここ沖縄にも悪影響を及ぼしているんだ!と言われたのです。
まぁそうでしょうね。
完全に否定は出来ませんね。
この意見の何が問題かって、国や県規模の問題や責任を個人にぶつけていることです。
しかも第三者のいないタクシーという密室で。
臆病者のやることですね。

沖縄県 南城市のこの青をタクシーの中で見ながらセシウム扱いされました
沖縄県 南城市のこの青をタクシーの中で見ながらセシウム扱いされました

ただこの人のお陰で、来たる3月11日に向けてこの記事を書けることを嬉しく思います。
ありがたいネタの提供をして頂きました。

ということでこの時のタクシーの中での勝者は私です。ざまー

さて、原発事故が人との間に多くの不協和音を今もなお鳴り響かせています。
この音は私があと半世紀生きたとしても鳴り止むことはないでしょう。
土壌汚染、空間汚染は勿論、この汚染は人間関係にも蔓延っている事実をありのままに書きます。

では第二章へ続きます。




miku tsuchiya
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