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好きなことを続ける理由

by miku tsuchiya

好きな事がありそれを続けている人は本当に幸せ者だと思います。
例えそれが他の誰かに認められなくても、お金がかかる事で出費だけが多くかさんでも、
その好きな事をしている時間以外は不幸せであっても。
自分はこれが好きだと言えるものが一つあるだけで、その人は疑問の多い人生の中で意味あるものを見つけた事になるのではないかと思います。

ただ、その好きな事を続けられるかどうかになると、大半の人は難しい状況に陥るのではないでしょうか?例えば、一家のお父さんやお母さんになったり、過剰に労働に縛れらた生活をしていたり、お金や時間の問題を抱えていたりすると諦めてしまうのが普通なのかと思います。
巷には、一流は時間の使い方が上手いから仕事もプライベートの時間も立派に持てる、さぁあなたも実践してみなさい、みたいなことを言ってる自己啓発本がよく出ていますが、さてどうでしょうかね。

一流は飛行機の中で本を読むらしいです。富士山を撮るのに必死にはならないのでしょうね一流は。
一流は飛行機の中で本を読むらしいです。富士山を撮るのに必死にはならないのでしょうね一流は。

継続は力なりなんていう力んだ言葉があることからも分かるように、好きなことであろうとなかろうと続けることには何らかの障害が立ち塞がっている場合があります。
一つこの社会に蔓延っている悪しき習慣のような考え方があります。
「好きなことばかりやるな」、「世の中好きなことばかりじゃない」などの好きなことをして生きている人に対しての嫉妬のようにも感じられる声があります。っというか私が言われているのですが。
しかし残念ですが、この言葉を正義かのように言うあなたに言います。
「私に好きなこと以外をする時間はありません。それはあなたにも言えることです」

悪いけど天からのお迎えはすぐに来ます。
今現在、特別重病を患っていたりする訳でもないいたって健康な人でも例外ではありません。
この世はいろいろと不平等で理不尽ですけど、唯一時間の流れだけは平等です。
そして唯一この人生で保障されていることは「死ぬこと」です。
生きる事よりも死ぬ事の方が確実なんです。

なんちゅうネガティブな考え方なんだと思われるでしょうが事実です。
これは私が母を看取った経験から学んだ事です。

私は29歳で54歳のまだ若く美しい母を看取りました。
親孝行なんてひとつも出来ませんでした。子供は元気に生きてるだけで十分親孝行だなんて言われるんですが、どうも納得のいく言葉ではありませんでした。それにしばらくは元気でもなかったし。
正直な事言うと、そんなに仲の良い親子関係ではありませんでした。
積み重なった確執があったのは確かです。
でも子供ながらに仲良くやりたいという思いは常にありました。
でもきっと親子ってこんな感じなんだと思います。
許せないこともあったけど、けどやっぱり親子なんです。親子って人間関係の中では一番甘えた関係です。
私が抱えていた確執も親子だからこそのものです。そう思うと、やっぱり一番信頼している関係なんだと思います。

そして母は死してもなお、子供に強大なメッセージを送り続けているようです。
母は4年の闘病生活の末に旅立ちましたが、生前から死、そして今日までの母の存在は、生きることのヒントを多く教えてくれました。
母にとって自分自身の人生がどうだったのかは分かりませんが、娘から見た母の人生は好きなことに支えられた一生だったのではないかと思います。

母は若い頃に服飾関係の学校に行き、ファッションやデザインに携わる仕事に着いていました。
20台も後半に服飾関係の仕事からは離れてしまったのですが、この好きなことは一生涯母を支えてきたことだと思います。
私が子供の頃に着ていた服は殆ど母の手作りでした。小学校の入学式も母の手作りのスーツでした。
大人になってからもリゾート風のマキシ丈のスカート、メイクポーチやブックカバーを作ってくれました。母は自分の好きなこと、才能を社会に還元するのを辞めてしまったけど、代わりに家族に還元してきました。亡くなる1年くらい前からもう長くはないからいろいろ家族に残したいと言い、洋服や小物を一気に作り始めた時期がありました。この時、せっかくだから母が作ったものを売るお店をネットで開こうと思い提案したのですが、インターネットというものに抵抗感があった母はあまり乗る気ではなく結局何もしなかったのですが、今思えばもう私が勝手にやってしまえばよかったなぁと思います。自分の作ったものにお金を出して買いたいという人が出てくれば母の活力になったのかなぁと思います。

こうやって母の好きなことはぎこちない親子関係をしっかりと繋ぎ止めてくれました。
以前から母は、母としてではなく、一人の人間として社会に向けて好きなことをやりたがっていました。
何か方法はないものかと好き勝手に意見を飛ばして夢を語っていましたが、何も形には出来ず旅立ちの日は直ぐに訪れます。

肉体は有機物ゆえにいつか自然に返さないといけない、
というか最初から借り物だからいつまでもこの体が自分のものだと思わない方がいいです。
私たちは日常では自分の命がさも永遠かのように毎日何かを先延ばしにしたり、ずっと先の予定を立てたり、老後の為にと若いうちから年金を払ったりしています。誰だって明日死ぬかもしれないのに今日も明日が来るのが当然かのように過ごします。生まれた瞬間から死を約束されているのになぁ。人間って上手くできています。

母が亡くなって私は思いました。

母から生まれて29年間、結局、母に対して何にも出来なかった。
うーん。というか何をしていいのかさっぱり分からなかった。

でも私の体の中には母の血が流れていて、私の心には母の思いが残っている。
つまり私が生きることは母が生きることと同じなのではないか。
だとしたら私は、母が生きたかったこの時間を自分が思うがままに生きなくては。

それが世の中でなんの結果を生まなくても、自分の中での喜びになり、最終的に自分を自分の人生を肯定することが出来たなら、これは私の母という一人の人間とその人生を肯定し感謝を示すことになり得るのではないかと思うのです。母亡き今はこう考えます。
つまりこれはよく言う「お母さんは天国から見ているよ」ということの具体化です。
だから誰かや何かに恥じることのない人生を歩むのではなく、自分に恥じない時間を紡いでいかねば誰も幸せにはなれないと思うのです。

だから私がこの世のありとあらゆる感触を心で触れて、それを伝えたり表現することを楽しいと感じることが出来るまではこれを続けたいと思うのです。
そしてそれの具体化である「島旅をして書く」ということに辿り着けたのも、母が好きでずっと続けていた服飾の手仕事が紡いだ親子の関係から導かれた要素だと思います。

今回のタイトルは分かりやすいように「好きなことを続ける理由」としましたが、
好きなことというか、自分の心動く方を選択し続ければ、自分のことも母のことも最終的には肯定出来るのではないか?と思うのです。
ただ、真剣でなければなりません。
だから人生という旅も含め島旅をちゃんと書こうと思い再び書き始めたのです。

さて、第1章は始まってますよ。








miku tsuchiya
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